いまを生きる。
一生懸命に今を生きる。
はぁ~っ?
て思われてしまいそうですが、やっと最近分かったんです。
何を言ってる?
大丈夫か?
って思わないで下さい。笑
一生懸命に今を生きてるのは当たり前のことですが、もっと深いところの話で今現在を一生懸命に生きるってことです。
アラフィフのオヤジが今更?
って思うかもしれませんが、ある人のブログを読んでこの本質の意味がスーッと自分の中に入った感じがあるんです。
今を生きるの本質
そのブログはこんな内容だったんです。
例えば食事をしている時に、「食べ終わったらあれをやろう」とか「今日中にあれを仕上げなきゃ」とか考えてませんか?
無意識のうちに食事をとりながら違うことを考えている。
でも今を生きるということは食事をしっかりと楽しむこと。
五感を使って目の前の食事を感じながら楽しむ。
こういうことが今を生きるって。
このことは今までの読書や誰かのツイートで読んで分かっていたつもりだったんですが、ずっとこのままつもりで生きてきてたなぁって思いました。
目の前のもの、今やっていること、自分なら今この記事を書いていることに余計なことを考えず全集中して楽しむ。
これが「今を生きる本質」だなぁって、ストンと自分の内部に入ってくる感じがありました。
分かっていたつもりで今を生きてなかった
それまでは理解だけはしてたのですが、実際にそういう生き方をしてこなかった。
もう次のこと次って後のことを考えながらの仕事と私生活。
だから目の前のことは次に行くための繋ぎのような存在で、全くしっかりと見て感じてっていうのができていなかった。
もう次に次にって考えて行動していると今が全くないんですよね。
だから何かをやった、楽しかった、満足などということは皆無で作業をコツコツとこなすだけのロボット。
精神が入ってなかったんですね。
常に結果だけを求めて途中の過程はどうでもいいぐらいの感覚。
これではなんか1人で生き急いでいるってこと。
早く寿命が来ないかなあって思いながら生きているようなもんです。
「いまを生きる」を意識してから
目の前の些細なことでも、例えば歯磨きでも1本1本丁寧に磨くようにしてみたり、通勤時の歩いている時に歩ける喜びってものをあえて感じながら歩いてみたりをやってみたんです。
そうしたら少しずつですが、その日に特別なことがなくてもしっかりと生きたって実感が湧くようになったんです。
それ以前は
もう夜になっちまった
時間が経つのが早過ぎ
なんて毎日何も残らず時だけが過ぎていってましたが、そのスピードが下がった感じ。
だから一場面一場面がしっかりと捉えられるようになったんです。
最後に
多忙な昨今。
どうしてもやることが多過ぎて効率化だったり時短に繋がる行動だったりって注目されやすいですよね。
決して悪いことではないですが、それらをやるにでも余計なことを何も考えずに目の前の作業に全集中。
これを意識するだけで何気ない毎日でも
生きてる
ちょっと楽しかった
なんてことも感じるようになりました。
今までは生き急いでいた。
そんなんでは何のために生きてるか分からないですよね。
毎日、1分1秒を大切に生きる。
意識することはかなり大事だと実感しました。
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