要介護5の義母 今年も元気に義母が誕生日を迎えられ思う事

当ページのリンクには広告が含まれています。

先日、介護をしている義母が無事に78歳の誕生日を迎えることができました。

これもひとえに、僕達だけの努力ではありません。
色々義母を支えてくれた各分野のスタッフさんのおかげでもあります。

先生、看護師さん、ヘルパーさん、入浴のスタッフの皆さん、ケアマネさん、その他諸々義母に携わってくれた方々の力がかなり大きいです。

そして何よりも本人である義母。

こういう状態でもかなり心が強い人だと実感しています。

簡単な事で死んでは僕達を悲しがらせる、そんな心の声も聞こえてきそうです。

60歳という若い年齢で脳出血で倒れてからずっと要介護5の状態で77歳を迎えられた事は、奇跡にも近いような気がします。

途中で何度も危篤状態の時がありました。
入院も数えられないくらいあり、当時のお医者さんからは、「生きてもあと2~3年」と言われたくらいです。

そんな経験を乗り越え早17年、ギネスにでものるんじゃないかと思える勢いです。
要介護5の義母の先日の誕生日には、色々な方から祝って頂きました。

本当に感謝感謝です。
ここまでにはとても辛い事、悔しい事、納得出来ない事が腐るほどありました。

本当に介護の世界で満足いくような生活は難しいと思います。

しかし妻も一生懸命諦めずにここまで頑張ってきて、やっと今介護と僕達の生活の理想の両立した生活を送れているような気がします。

介護で1番大事な事は義母に接するスタッフを見つけることで、とても重要かつ最初にしなければならない事です。

現在の1番安心できるお医者さん、看護師さん、ヘルパーさん、ケアマネさんに出会うまでには、義母が傷つけられ、何度も喧嘩して、裏切られて、裁判沙汰にまでなる事もあり…

今思い返すと、色々の事がありすぎて1本の映画になるのではと思えるくらいです。

義母はてんかん持ちという事と痰の吸引が必要なために、ひと時も離れられない状態です。

その為にスタッフが見つからない時期は、買い物にも行けない状態で睡眠もろくに取れない日々が4年くらい続いた時期もありました。

当時はとても光など見えず睡眠不足のまま仕事をし、家に帰ればまた介護の生活。

明るい未来が全く見えず、何のために生きているのだろうと思っていた日々でした。

それを考えると今は本当に信じられないくらい幸せで、最近では妻と旅行まで行けるようになりました。

現在介護でお困りの皆様には少しでも僕達の経験が参考になればと思い、現在までの辿ってきた道をこれからも記そうと思います。

今思える事は


諦めなければ
必ず明るい未来が待っている!!
です。

頑張って生きましょう!


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次