義母との初めての出逢い【在宅介護ストーリー ~限界を遥かに超えた異常なまでの生活~vol.1】

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義母との初めての出逢い



僕が義母に初めて会ったのは確か2006年の春だったと思います。

現在の妻と結婚する事になり挨拶をしなければと思い会うことになりました。

当時の義母は半身麻痺状態でしたが、まだ会話もしっかりとでき食事も介助は必要でしたが自分で食べられるくらい元気な姿でした。
『老健で過ごしている義母に挨拶に行く』

何故かピンとはきませんでした。どういう風に接していいかも分かりません。

その頃の僕はというと、恥ずかしい話ですが介護という世界は全く分からず、ましてそういった人達には偏見さえ持っていました。

ロックのために髪を伸ばしていた当時の僕に妻は

「親に会うんだから髪の毛を切って!」

と言われてすごく悩みました。

もうこの時点で偏見ですよね。

健全な親なら悩まず切る

障害者の親なら悩む

最低です。

今考えると当時の自分は何て失礼な感覚を持っているのだろうと、とても恥ずかしい過去の自分だと思います。

悩んだあげくに長髪を切り義母に会いに行きました。

初めての施設。

義母は脳出血で倒れ要介護5で左半身がダラっとした状態。

会う前から妻には

「ビックリしないでね。」

とは言われていました。

最初に会った時の事ははっきりとは覚えてませんが、そんな状態の義母でも妻にとっては母親。当たり前のことですがそんな印象が強く残っています。

お医者さん曰く義母の視界は鍵穴から覗くくらいの視野しかないらしいということは聞いていたので、初めて会った日は恐る恐るですが、なるべく顔の近くに寄って挨拶をしたのを覚えています。

当時の施設には喫煙所があり本当は身体にとって1番ダメなことですが、妻が

【母の短い人生好きなことをやらせてあげたい】

との気持ちで面会に行った時には義母にタバコを吸わせていました。

その時も挨拶を終え3人で喫煙所に行って会話した事を覚えています。

そんなこんなで、妻と結婚することができました。

ただそこからの生活は施設にいる義母に毎週末面会に行くというリズム施設に対する不安要素の会話など、少しずつ介護という割合が僕達夫婦の生活にも増えてきました。

介護という色々な現実を知っていったのもその頃からです。

今でこそ介護士の虐待などニュースに出るようになりましたが、その当時は日常茶飯事のようにありました。

妻の友達の母親も同じ老健に以前いたようなのですが、

トイレでトイレットペーパーでグルグル巻きにされミイラマンとバカにされたり

何か頼んでも聞こえないふりをして無視されたり

と実際に虐待が色々あったようです。


そういう情報もあったので、妻も母親に面会に行けない時間の不安さはハンパなものではなかったようです。

まだその頃の自分は、そんな事考えすぎだよって感じで励ましていましたが、人の親という軽い気持ちと介護施設のずさんさをしっかり見ていなかったところからの軽はずみな言葉でもあったかもしれません。

今思うと本当に申し訳ない発言でした。

そんな感じで私ハルフィクションの介護生活が始まっていくのでありました。


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